子供は大人が気づくことのできないほど、多くのことを知っています。

大人がつく嘘や、影で話していることなど、たとえそこに本人がいなくても、子供は波長で全てを感じ取ります。

子供が大人を困らせる行動をするということは、そのような方法でしか自分を表現できないからです。

子供に限らず、人間は認められたい欲望を持っています。自分の得意なことで認められるということが、素晴らしいことだと知っているのです。

大人のことを見下している子供の周りには、人を見下している大人がいる

子供のことをガミガミ言わなくなっただけで、子供の性格まで変わったという親御さんの話もあります。

親が子供にガミガミと要求するものの中には、もちろんやってはいけないことと、やっていいことを教える躾の部分もありますが、人はそもそも全く違った魂を持っているにもかかわらず、その人の魂に土足で踏み込んでしまっている部分もあります。

はっきりと言いますが、この世で子供に問題を抱えている方は、子供の魂の領域に土足で踏み込んで、荒らしていく、犯罪人です。

だから、子供はどこまでも反抗し、親のことを聞くことはありません。

例えるなら、何かを成し遂げるという喜びをさせないようにしているからです。

ダンスが得意な人が人前で踊りを見せるには、それなりの訓練をして、見る人が感動するようなものを作ろうと一生懸命頑張るはずです。

自分の魂が喜ぶこと=ダンスで、誰かを喜ばせることができるというのは、これ以上ない祝福された行為だからです。

しかし、その人の前に、そのことを何としても邪魔しようとするひとが現れたらどうおもうでしょう。きっと「邪魔」だと思うはずです。

さらにその邪魔する人が「絶対的な権威」をもっていたらどうでしょう。完全に絶望知るほかないはずです。

多くのことを親から求められる子供、躾のされていない子供というのはまさにこのような状況の中で苦しんでいるのです。

そして、そのことを誰も気づいてくれません。まして、子供が言葉でこのようなことを表現できるはずがありません。

だから気づいてあげてください。1人でも多くの大人がそのような子供がいることに気づいて、すぐさまその子供をそのような状況から抜け出させてあげるのです。

親はなぜ子育てができないのか。躾の上手い下手とは?

躾の上手い下手というものはありません。

そもそも躾というものがいろいろなものをわかりにくくしています。同じように、学校という義務教育も様々なことをわかりにくくします。

人は生まれて死にます。

自立できるまでは、誰かがその子供を育てなければいけません。育てるとはなんでしょうか。育てるとは、タネをまいて草花を育てることに似ています。

十分な蓄え・養分のある土が必要ですし、適度な水分と太陽の光、そのほか様々なものが必要です。

そして、何より大切のなのは、草花には数え切れないほどの種類があるということです。

いろいろな環境によって生えてくるものが変わります。太陽の当て方によって育ち方は大きく変化してきます。しかし、そのどれもが、咲き誇って枯れていきます。それが何よりも美しことです。

人間には芸術というものがあります。

文化・芸術によって人間の精神、霊的に感性が磨かれ、より美しい心を持ち、争いを避け、美を愛することができるようになります。

ケンカ、やったやってない、私は悪くない、悪いのはあいつだ。そんな風に、争いばかりをする人間は、もはや人間ではなくただの「獣」です。

このように、学校というものがなくても、人間はもともと勝手に成長するものです。植物のように、周りのものに影響されながら成長して生きます。

このように、それぞれの魂の望むことをする自由が与えられているにもかかわらず、それを邪魔するのは、これ以上ない冒涜です。

人権の侵害などというレベルのものではありません。

しかし、ほとんどの人はそのことを知りません。知らないことに気づくべきですが、知ろうともしません。そうして、子育てをしたのかしてないのかよくわからないまま育った子供が大人になって、大きく悩みを抱えて生きるのです。

この世にはそのような人間しかいません。誰もが迷い苦しみ、なんのために生きているのかわからず、知ろうとせず、当然知ることもできずに、欲にまみれて、感性を磨かずに暗闇の中を歩き続けます。

学校では躾は教えてくれません。学校では、本来の生き方は教えてくれません。学校では、記憶力がいい人と、目上の人の言葉に忠実に従う人間しか作りません。それが最高のステータスだと教え込まれます。

それがこの世のすべてではありません。興味を持ち探求する力を、何ものにも邪魔されずにし続けるということが必要なのに、学校では、必須教科以外は「意味のないもの」です。

ドレミファソラシド以外の音階は理解されず、単純なリズムしか教えられません。

学校教育を受ければ受けるほど、人の魂は汚されていくのです。

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子供ができてから勉強して得たものを実践し子供に教えていくということは、誰かの考えを与えているようなもので、そこには実感がやどりません。子供にはすぐに嘘だとわかってしまいます。

子供と大人という関係にとらわれず、自分が正しいことをしていれば、子供はその全てを見ているものです。

子供は、大人が思う以上に、大人のことを見ています。お天道様が天から人間の行いを全て見ていると同じくらい、子供たちは大人の考えていることを全て見通しているものです。

だから、シンプルに自分が正しいことをすればいいだけなのです。

間違ったら謝る、自分の弱点を克服しようとする、自分の長所をさらに伸ばす、人の悪口を言わない、誠実である。

世の中の雑念を取り去った時に残る、根本的な善の行いです。

誰もが実は知っているような基本的なことをする親の姿を見て、子供は勝手に成長していくものなのです。

そうすれば、子供が道から外れたら修正してあげられます。それが躾です。

自分がそのように育ったという記憶はないかもしれませんが、この世の法則とは常にそのようにできています。

日々生きている中で触れたものから影響され、人間は成長して生きます。それは、植物がどこの土の上に根を張っているのかと同じようなもの。

植物が土から養分、太陽から光を得ているように、自分が欲するものを素直に取り入れて、植物が光合成をして酸素を生み出すように、自分が簡単にできることをして、心がワクワクすることをし続ければ、それだけで、その人はしあわせだということなのです。

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